アリスとテレスの矢

考え事が多いもので。

あの人はもういない。

引越しの準備をしようとして、車検に出しているGT-Rの代車のキューブのキーをひねると、どこか聞いたことのあるメロディが80.0Hzに乗って流れてきた。昭和53年のヒット曲だが、僕の地元が舞台の歌詞だからだろうか、生まれる遥か昔にも関わらずなぜか懐かしい。

 

そういえば就職で地元を離れるとき、この曲に見送られたのを覚えている。仙台駅の新幹線ホームの発車メロディがまさにこの曲なのだ。新幹線に乗るときいつも耳にしていたはずだが、その時ばかりはなんだかとても遠くに行くような感じがした。1時間半もあればあっという間に着いてしまうはずなのに。

 

今やどこへ行くにしても時間的な距離感は昭和53年に比べれば半分もない。そればかりか、電波に乗ってどこへでも行けてしまう。だけどどうだろう、みんな故郷へ省りたがる。案外と、心の距離は物理的な制約に縛られたままらしい。やはり人間は、物質的な生き物なんだろう。

 

一通り持ち物を車に詰めこんで、最低限の物だけになった自室を見渡す。こんなんでも生活はできるんだな。むしろ広くて快適じゃないか?そりゃ六畳一間じゃあな。それこそ昭和の貧乏人よ。

 

うるせえおれは平成生まれだぞ、と小さく叫ぶ。何もねえんじゃ小芝居か屁でもするしかねえ。隣に聞こえないようにスゥーっとするのがコツよぉ!

 

これまで隣人に何を聞かれていたかは定かではないが、ふとした時にきっと思うことだろう。ああ、そういやあの人は…