アリスとテレスの矢

考え事が多いもので。

毎日にやる気はいらない

ここ半年は毎日、仕事から帰ったらすぐに夕食の支度にとりかかるようにしています。基本2人で作りますが、夕食といっても大したものを作るわけではなく、焼くだけ料理だったりレトルトに頼ったりと手抜きは当たり前ですが、それでもコンビニ飯やカップ麺を毎日食べるよりかはずっとマシだろうと思って作っています。一汁三菜などというのはまず無理で、頑張って一汁二菜、ほとんどは一汁一菜。三菜もあったらお腹いっぱいですし。

2人分作るので元が取れてる感じがしますが、自分の分だけだったら自炊は割高なのでまず作りません。仕事終わりに会社の社員食堂で食べる方が安いし早いし普通の定食が食べられます。

特段料理が好きなわけでもなく、(気持ち的には)そんなにやりたくはないけども(経済的・健康的には)やった方が良いくらいに思っている程度のものです。

 

"やりたくないけどやらなきゃいけないこと"ってたくさんあると思うんですよ。そういうことって、取り掛かるのにとてもエネルギーを要する、つまり重い腰を上げないと中々できないのが普通ですよね。僕にもそういうことがたくさんあるわけですが、最近はその対処法というか、やりたくないけどやらなきゃいけないことをさっさと片付ける方法を実践しています。

 

それは、考えないことです。

 

どうせやらなきゃいけないのであれば考えても仕方がないので、やるだけだということに気づいたわけです。ただ、やるだけ。

いや、その取り掛かるのが大変なんだということなんですが、そもそもなぜ人はみなやりたくないことに取り掛かれないのかというと、取り掛かる前に「やりたくないなぁ」と考えてしまっているからだと思うんですよね。そのやりたくないという考えが思い浮かぶ前に取り掛かってしまえば、コトは勝手に体が進めてくれます。

化学反応だってそうなんですが、その反応が始まる瞬間が一番エネルギーを必要とします。エアコンだってクルマだって、スイッチ入れて始動する時が一番エネルギーを食うって言いますよね?人間の行動だって同じです。であれば、その開始するときのエネルギー障壁を下げてあげればいいというわけです。

よく、効率のいい仕事術だったりなんちゃら思考法みたいな本がたくさん売れてますが、その中に「ルーティン化する」という言葉がよく出てきます。このことの本質は、行動を起こすときに考えないことだと思っています。定期的にやることが決まっているもしくはやることを決めたことに対して、毎回やるかやらないかを考えること自体おかしいですよね。やるのだからやるしかない。

したがって、やる気が出るのを待つなんてのはもってのほかです。やる気なんてなくたって、やりたくない気持ちさえ湧いてくる前に動いてしまえばなんとかなります。やる気はやりたいことをやる時に取っておきましょう。やらなきゃいけないことにやる気を消費しては、やりたいこともできなくなってしまいます。

とまあ、ともすれば昭和の精神論みたいなお話ですが、例えば体調が悪い時とかメンタル的に参っている時などは無理はしません。あくまでも、やりたくない気分が行動しようとする体を押さえつけないように仕向けるだけであって、そもそも体が動かない時は大人しくルーティンを止めておやすみモードに入ります。あとは、やらなきゃいけないことよりもやりたいことを優先したい時もあるわけで、そういう時はその気持ちのままにルーティンの輪から抜け出します。消極的やらないを解消する手段であって、積極的やらないはあって良いものかと。

当然、「あれやるの嫌だなぁ」とか「今日もやりたくないなぁ」などと嫌な気持ちになる機会も減るので、ストレスも減ります。人間考え方次第って言いますけど、考えないことも考えのうちですね。